理学療法士がフリーランスで複数施設と契約する全手順
金曜の夕方17時半。回復期病棟の廊下で、同期のPTが掲示板の前に立っていた。来月のシフト表だ。土曜2回、祝日、年末年始。赤いペンで「×」が並んでいる。「また休み削られた」。彼女はそう言いながら、スマホを取り出して何かを打ち込んでいた。求人サイトではなかった。「業務委託 PT 東京」という検索ワードだった。
理学療法士がフリーランスとして複数施設と業務委託契約を結ぶ働き方は、もはや一部の人だけの話ではない。マッチングプラットフォームの登場、自費リハビリ市場の拡大、地方施設の人手不足——外部環境が変わった。複数施設と契約する手順は、知れば踏み出せる。この記事では、始め方から確定申告まで全工程を整理する。
複数施設と契約するという働き方が、今なぜ成立するのか
PTが1施設に縛られてきた、3つの構造的理由
「フリーランスで働く」という発想が出てこなかったとしたら、それは個人の問題ではない。構造がそうさせていた。
雇用モデルの慣習。 病院・クリニック・訪問看護ステーションは長らく、PTを「常勤の正社員」として採用することを前提に設計されてきた。施設内のシフト管理、カンファレンスへの参加義務、チームとしての動き——いずれも「一施設・専従」を前提とした仕組みだ。
免許制度への誤解。 「PT免許があると副業できない」という話を聞いたことがある人は多い。実際には、PT免許そのものは複数施設での業務を禁じていない。問題があるとすれば、在籍する施設の就業規則だ。
施設側の正社員依存体質。 施設にとって、業務委託契約のPTを受け入れる経験がなければ、契約書の雛形もなく、会計処理も慣れていない。「前例がない」から「できない」と判断されるケースは多かった。
踏み出せなかったのではない。そういう構造の中にいただけだ。
それを変えつつある外部環境の変化
2025年、株式会社クラウドケアが日本初のフリーランス・副業リハビリ人材向けマッチングサービスを開始した。施設側が「フリーのPTを探せる場所」が生まれたことで、受け入れ側のハードルが下がっている。
PT・OT・STのフリーランスへの需要を押し上げている要因は3つある。
- 自費リハビリ市場の拡大。 保険外リハビリを提供するスタジオ・サロンが都市部を中心に増えている。週数回来てもらえるセラピストを探している施設が増えた。
- 地方施設の慢性的な人手不足。 常勤採用が難しい地方のクリニックや通所施設が、「月に何日か来てくれるPT」を求めている。
- 働き方の多様化への理解。 施設側の管理職世代が入れ替わり、業務委託契約への抵抗感が薄れてきた。
複数施設フリーランスの設計図——収入・契約形態・週次スケジュール
業務委託契約とは何か——雇用契約との違いを3点で整理
PT フリーランスとして複数施設と掛け持ちするとき、契約の基本形は「業務委託契約」になる。雇用契約との違いを3点に絞る。
1. 労働基準法の適用外。 業務委託は「労働者」ではなく「事業者」として仕事を請け負う契約だ。残業代・有給休暇・解雇制限——これらは適用されない。施設に「来られない日」を自分で決められる自由と引き換えに、法的な保護も自分で設計する必要がある。
2. 社会保険の自己負担。 会社員であれば折半だった健康保険料・年金保険料は、フリーランスになると全額自己負担になる。国民健康保険への切り替えが必要だ。
3. 確定申告の義務。 年間所得が48万円を超えれば確定申告が必要になる。フリーランスであれば青色申告を選択することで節税効果がある(後述)。
不安を感じる項目ではあるが、いずれも「知ってさえいれば対処できる」話だ。
収入の現実値と設計の考え方
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(令和6〜7年)によれば、PTの平均年収は約443〜444万円とされている。
フリーランスPTの日給の目安は、実践者の発信をもとにすると3万円以上が最低ラインとされることが多い。これをもとにモデルを組んでみる。
モデルケース(週4日稼働)
– 日給3万円 × 週4日 × 年48週 = 年収576万円
ただし、保険診療下のリハビリには「1日24単位」という制限がある。医療保険・介護保険の報酬体系に乗っている施設での業務は、この天井を超えられない。
この天井を外す鍵が、保険外の自費リハビリへの展開だ。時間単価を施設と自由に設定できるため、1時間8,000〜15,000円という設計も可能になる。複数施設の組み合わせに自費リハを加えると、収入の設計幅が大きく広がる。
複数施設スケジュールの実例モデル
「複数施設の掛け持ち」を実際どう組むか。一例を示す。
| 曜日 | 契約先 | 形態 |
|---|---|---|
| 月・水 | クリニックA(外来リハ) | 業務委託 |
| 火 | 訪問看護ステーションB | 業務委託 |
| 金 | 自費リハスタジオC | 業務委託 |
| 木・土 | 休日・自己研鑽 |
週4日稼働で3施設という形だ。
ただし、この設計には実務的な課題がある。移動コストだ。施設が離れていれば移動時間が収入に直結しないロスになる。スケジュールの重複は、1施設から「もう1日来てほしい」と依頼されたとき断らざるを得ない場面をつくる。
設計段階で「各施設が地理的にどこにあるか」「スケジュール変更の余地をどこに持つか」を考えておく必要がある。理想と現実のギャップは、計画で埋めるのではなく、運用しながら調整していく前提で始めるほうが現実的だ。
最初の1施設との契約をどう取るか——営業ゼロから始める方法
施設が業務委託を検討するタイミングと見つけ方
施設が業務委託のPTを必要とする場面には、パターンがある。
- 産休・育休代替。 常勤PTが産休に入る間、数ヶ月だけ来てくれるセラピストを探している。
- 新規開設。 開設直後は常勤採用が間に合わないため、業務委託で即戦力を確保したい。
- 曜日固定ニーズ。 「水曜だけリハビリの人が多い」という施設が、週1〜2日だけ来てくれる人を探している。
探し方は2つ。
求人サイトで「PT 業務委託」と検索する。 求人ボックス・Indeed・wantedlyなどで検索すると、業務委託前提の案件が出てくる。正社員求人に混じっているため見落としやすいが、「業務委託」「非常勤」「パート」のフィルタを組み合わせると絞り込みやすい。
マッチングプラットフォームに登録する。 2025年以降、フリーランスリハビリ人材向けのプラットフォームが動き始めている。施設側からのスカウトも来るため、営業コストが下がる。
契約書に必ず入れるべき4つの項目
口頭での合意だけで動き始めると、後からトラブルになるケースがある。業務委託契約書には最低限、以下の4点を明記する。
1. 報酬と計算方法。 日給なのか、単位数連動なのか、時間給なのか。どの基準で計算されるかを明文化する。
2. 支払いサイト。 月末締め翌月払いなのか、15日締め翌末払いなのか。フリーランスにとってキャッシュフローの設計に直結する。
3. 免責範囲。 業務遂行中の事故・患者対応のトラブルに関して、どこまでが受託側(自分)の責任範囲かを明確にする。
4. 契約解除条件。 「施設都合で契約を打ち切る場合、何日前に通知するか」を決めておく。突然切られるリスクは構造的に存在するが、この条項があるだけで一定の予測可能性が生まれる。
行政書士が販売しているフリーランスPT向けの契約書テンプレートも存在する。自分で一から作るより、専門家が作ったテンプレートをベースに施設と交渉するほうが、双方にとって話が進みやすい。
フリーランスに切り替えて直面する「3つの実務的な壁」と対処法
社会保険——国民健康保険と国民年金への切り替え手順
退職した翌日から14日以内に、居住地の市区町村窓口で国民健康保険への加入手続きを取る必要がある(国民年金は20日以内)。
退職直後は「任意継続」という選択肢もある。在職中に加入していた健康保険を最長2年間継続できる制度だ。保険料は退職時の標準報酬月額をもとに計算され、会社負担分がなくなるため見かけ上は高くなる。ただし、国民健康保険料は前年所得をもとに計算されるため、在職時の収入が高かった初年度は任意継続のほうが安い場合もある。
どちらが有利かは個人の収入状況によって異なる。退職前に概算を計算しておくことを勧める。
初年度の保険料が「思ったより高い」と感じやすい理由は、前年の正社員時代の収入をベースに算定されるからだ。フリーランスとして稼ぎが落ち着く2年目以降に保険料も適正化される。最初の1年は資金を多めに確保しておく設計が現実的だ。
確定申告——青色申告の基本と経費の考え方
フリーランスとして事業収入を得たら、毎年2月16日〜3月15日の間に確定申告が必要になる。
青色申告を選択すると、最大65万円の特別控除が受けられる。 白色申告との差は大きい。開業届と青色申告承認申請書を、開業日から2ヶ月以内に税務署に提出する。
経費として計上できる主なものを挙げる。
- 施設間の移動交通費
- 勉強会・学会参加費
- 専門書・セミナー費用
- リハビリ用具・器具の購入費
- 仕事用のスマホ・PCの費用(業務使用分)
「経費にできる」という判断基準は、「仕事に直接関係するかどうか」だ。曖昧なものは税理士に相談するほうが安全で、フリーランス向けの税理士へのアクセスはここ数年で大幅に改善されている。
「契約が切れたとき」のリスクヘッジ設計
業務委託契約は、施設側の都合で終了することがある。これは能力の問題ではなく、施設の経営状況・方針転換・採用完了などが理由になるケースが多い。
リスクを下げる設計は2つある。
常時2施設以上の契約を維持する。 1施設との契約が終了しても、収入がゼロにならない状態をキープする。
1施設の売上が全体の50%を超えないようにする。 1施設依存度が高いほど、契約終了のダメージが大きくなる。これはポートフォリオの設計問題だ。3施設に分散していれば、1施設が抜けても残り2施設で支えられる。
始める前に確認すること——「今の職場」と「フリーランス」の間にある現実的な移行
副業から始める「ハーフフリーランス」モデル
いきなり正社員を辞めてフリーランスに転換するのは、リスクが高い。現実的な移行ルートは「ハーフフリーランス」だ。
正社員を続けながら、週1〜2日の業務委託を副業として開始する。副収入が年間100〜200万円の水準に達した段階で、フリーランス専業への移行を検討する。
このモデルの利点は「試せること」だ。複数施設との契約交渉の感覚、スケジュール管理の難しさ、業務委託の税務処理——これらを正社員というセーフティネットがある状態で経験できる。
PT フリーランスの始め方として、いきなり「全部やめる」より「始め方を試す」ほうが、続けられる確率が上がる。
今の職場の就業規則を確認する
副業として業務委託を始める前に、在籍中の施設の就業規則を確認する必要がある。確認するポイントは2つだ。
副業禁止規定の有無。 「他の事業者の業務に従事することを禁ずる」という条項がある施設は多い。ただし、2018年の厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」以降、この規定を撤廃・緩和する施設も増えている。現行の就業規則を読む前に諦める必要はない。
競業避止義務の範囲。 「退職後〇年間は同業他社に就職しない」という条項が業務委託先にも適用されるケースがある。退職前に確認しないと、後からトラブルになる可能性がある。
就業規則を読んで不明な点があれば、施設の担当部署か、労働問題に詳しい専門家に確認する。推測で動かないことが、後のトラブルを防ぐ。
まとめ
複数施設と業務委託契約を結ぶフリーランスPTという働き方は、外部環境が整いつつある今、現実的な選択肢になっている。
最初の1施設との契約を取り、契約書の4項目を押さえ、社会保険と確定申告の手続きを知る。これだけで、「複数施設と契約する」という働き方の輪郭は見えてくる。
一人で全部調べるより、同じ道を先に歩いている人に聞いたほうが早い。
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※文字数: 約3,500字

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