PT・OT・STが転職エージェントを使う前に知っておくこと
退勤後、更衣室でスマホを開いた。転職エージェントの登録フォームを最後まで埋めた。でも、送信ボタンを押せなかった。
「担当者に何を話せばいいかわからない」「売り込まれたらどうしよう」「登録したら断れなくなる気がする」——そういう感覚が重なって、スマホを閉じた。リハビリ職の転職相談を聞いていると、この話を何度も耳にする。
怖さの正体は、転職エージェントの「仕組み」を知らないことだ。仕組みを知れば、使い方は変わる。
エージェントが「怖い」と感じるのは、仕組みを知らないからだ
成功報酬モデルの正体——誰がお金を払っているか
転職エージェントは無料で使える。これは事実だが、「なぜ無料なのか」を知っている人は少ない。
採用側の病院・施設が、成功報酬としてエージェントに費用を払う構造になっている。相場は内定者の年収の30〜35%。年収350万円の求人なら、採用側は100万円以上を支払っている計算だ。
つまり、エージェントの収益は「求職者を入社させること」で生まれる。この構造を知っておくと、担当者の提案を「善意」だけで受け取らなくなる。相手も仕事をしている。それを前提に話すことで、関係がフラットになる。
医療職特化型 vs 総合型——組み合わせが肝心
PT・OT・STが転職エージェントを使うなら、医療職特化型2社と総合型1社の組み合わせが現実的だ。
医療職特化型は、リハビリ職の求人数と業界知識が強い。担当者が医療業界の商習慣を理解しているため、「病棟勤務のOTが訪問リハに転職する際の給与感」といった話が通じやすい。
一方で特化型だけに頼ると、求人のラインナップが似通う。医療・介護の枠を超えてキャリアを考えたいなら、総合型も並走させておく価値がある。選択肢の数と質を担保するための組み合わせだ。
登録前に整えておく3つのもの
「なぜ転職するか」を自分の言葉で言えるか
登録フォームを送信する前に、Can・Want・Mustの3軸で自分の現状を整理しておく。
- Can:今の自分に何ができるか(施術の種類、経験年数、担当してきた疾患群など)
- Want:本当はどうしたいか(働き方、職場環境、やりたい業務)
- Must:絶対に外せない条件は何か(通勤距離、収入の下限、勤務日数など)
担当者との初回面談で「転職理由」を聞かれる。そのとき「なんとなく今の職場が合わなくて」と答えると、提案の質が落ちる。担当者が絞り込む材料を持てないからだ。言語化は相手のためではなく、自分のためにやる。
職務経歴書は60〜70%の完成度で持ち込んでいい
完璧な職務経歴書を用意しないと登録できない——そう思っている人がいるが、そんなことはない。60〜70%の完成度で持ち込んで、担当者と一緒に仕上げるほうが実態に合っている。
PT・OT・STの職務経歴書には、一般職とは異なる記載事項がある。担当した疾患群、患者数の規模、使用した評価スケール、リハビリ室の体制などだ。これらは担当者がヒアリングしながら引き出してくれることが多い。「書けていない部分があっても持ってきていい」と知っておくだけで、登録への心理的な重さが下がる。
希望条件の「優先順位」を決めておく
「給与も上げたいし、残業も減らしたいし、やりがいも欲しい」——全部欲しいのは当然だが、担当者に伝えるときは優先順位をつける。
構造はシンプルにする。絶対条件を1つ決める。「月給25万円以上」でも「片道40分以内」でも何でもいい。次に、あれば嬉しい条件を2つ選ぶ。それ以外は条件から外す。
これをやっておくと、担当者が動きやすくなる。そして「この求人はどうですか」と提案されたとき、自分が即座に判断できる軸ができる。
担当者との付き合い方——良い担当者を見分ける視点
初回面談で何を聞いてくるかを見る
初回面談の質で、担当者の力量はほぼわかる。
業務経歴と希望条件だけを聞いて終わる担当者と、「なぜこの職種を選んだのか」「今の職場で一番しんどかった瞬間はいつか」「5年後にどんな仕事をしていたいか」まで掘り下げる担当者がいる。
後者を選ぶ。表面的なスペックマッチングしかしない担当者は、深い求人提案ができない。価値観まで聞いてくる担当者は、「この人には合わないかもしれない」と判断して紹介を止めることもある。それが誠実さの証拠だ。
複数登録は「マナー違反」ではない
3〜4社に同時登録することは、一般的に行われている。マナー違反ではない。ただし、すべての担当者に「他社にも登録しています」と最初に伝えることがマナーだ。
これを隠すと後が面倒になる。同じ求人に複数のエージェント経由で応募してしまうケースがあり、採用側に迷惑がかかる。正直に伝えておけば、担当者も重複を避けた提案をしてくれる。複数登録の目的は比較することだ。求人の偏り、担当者の質、提案のスピード——これらはエージェントによって差がある。
「担当者を替えてほしい」と言っていい
担当者との相性が合わないと感じたら、変更を申し出ていい。変更依頼は「自分のわがまま」ではない。
連絡が遅い、提案の質が低い、こちらの話を聞かずに求人を押し込んでくる——こういう状況が続いているなら、担当者変更を申し出るか、そのエージェント自体を使う優先度を下げる判断をする。キャリアに関わる相手なので、遠慮する必要はない。
よくある失敗パターン——構造的に起きやすいこと
「非公開求人」に幻想を持ちすぎない
「弊社だけが持つ非公開求人があります」という文句は、どのエージェントも使う。一部の非公開求人に価値があるのは本当だが、全部がそうではない。
非公開になっている理由は複数ある。採用に苦戦していて表に出せない求人、条件面で競合に見られたくない求人、採用枠が少ないため絞り込みたい求人——理由によって価値は全然違う。「なぜ非公開なんですか」と担当者に聞いていい。答えが曖昧なら、その求人の評価は保留にする。
押し付けられる前に「断る練習」をしておく
エージェントから求人を提案されたとき、断るのが苦手なリハビリ職は多い。医療現場で「断る」文化が薄いことと関係しているかもしれない。
ただし、転職活動では断ることも仕事のうちだ。「この求人はご検討いただけますか」と言われたとき、「今は検討段階なので、まずは情報として受け取ります」と返すだけでいい。迷っている段階であることを正直に伝えると、担当者も無理に押さなくなる。
求人の偏りを見抜く——介護施設に誘導されやすい構造
PT・OT・ST向けのエージェントが提案してくる求人は、介護施設寄りに偏ることがある。これは意図的な悪意ではなく、構造的に起きやすいことだ。
介護施設は採用需要が高く、求人数が多い。エージェント側も成立させやすい。「病院での経験を積みたい」「急性期に転職したい」という意向があるなら、初回面談の段階で明確に伝えておく。曖昧なままにしておくと、提案が流れやすい方向に引っ張られる。
PT・OT・STだからこそ使える強みと、知っておきたい市場の現実
資格という「参入障壁」が交渉力になる
PT・OT・STは国家資格だ。資格がなければその仕事はできない。この参入障壁は、転職市場における交渉力に直結している。
「資格を持っている」というだけで、無資格の求職者とは違うテーブルで話が進む。担当者も採用側も、この前提でコミュニケーションしている。「資格はあっても経験が浅いから交渉できない」と感じる人がいるが、それは誤解だ。経験年数が少なくても、資格の希少性そのものが価値を持つ領域がある。
売り手市場の恩恵を受けられる人と受けられない人の差
PT・OT・STの需要は高い。これは事実だ。ただし「売り手市場だから何でも通る」ではない。
恩恵を受けやすいのは、希望条件が絞られていて、地域をある程度柔軟に選べる人だ。「東京都内・急性期・土日休み・月給30万以上」という条件が全部重なると、対象求人が一気に絞られる。条件の組み合わせによっては、売り手市場でも選択肢が広くない。
市場全体の需要と、自分の条件に合う求人数は別の話だ。担当者に「自分の条件で今どのくらい求人がありますか」と具体的な数字を聞いてみる。それが現実の出発点になる。
まとめ
転職エージェントは便利なツールだ。ただし、使い方を知らないまま登録すると、提案を受け続けるだけで終わる。
構造を理解する。登録前に自分の軸を整理する。担当者を「見る目」を持って接する。この3つができているかどうかで、転職活動の質が変わる。
怖さは知らないことから生まれる。仕組みがわかれば、スマホの送信ボタンを押す手が軽くなる。
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