OTが「作業療法」をうまく説明できないのは、職種の問題ではなく設計の問題だ

OTが「作業療法」をうまく説明できないのは、職種の問題ではなく設計の問題だ 資格の活かし方

「作業療法って、何をする仕事なんですか?と聞かれると、正直うまく答えられなくて」

この言葉を、OTから聞く機会は多い。臨床歴10年のベテランでも、新卒1年目でも、同じように口にする。患者さんへのリハビリは日々やっている。チームの中でOTとしての役割も果たしている。なのに、「作業療法とは何か」という問いに対して、言葉がまとまらない。

この問題を「OTが自分の職種を理解できていない」「言語化が苦手だ」という個人の課題として捉えると、解決策は「もっとわかりやすい説明を練習する」という方向に向かう。だが、それは問題の在り処を間違えている。

「説明できない」のは職種の問題ではなく、設計の問題だ。

「うまく説明できない」が繰り返される現象

作業療法士が「作業療法を説明できない」という経験を繰り返す場面には、共通した構造がある。

場面の一つは、患者さんやその家族への説明だ。「なぜリハビリにこんな作業が必要なのか」という問いに答えようとすると、専門用語で説明しても伝わらない。かといって、平易に言い換えすぎると、作業療法の本質が抜け落ちる。

もう一つは、他職種への説明だ。医師や看護師、ケアマネジャーとのカンファレンスで「OTとして何を見立てているか」を伝えようとするとき、相手の期待する言語体系と、作業療法の概念体系がずれる。

さらに、転職面接や職場外でのコミュニケーションの場面がある。「どんな仕事をしているんですか」という質問に対して、「リハビリの仕事で…」と濁してしまう経験は、多くのOTが持っている。

この三つの場面に共通するのは、「誰に」「何のために」「どんな文脈で」説明するかが明確でないまま、説明を求められているという構造だ。説明の設計がなされていない場に、OTが毎回即興で対応を強いられている。

作業療法の説明を難しくする2つの構造

「作業療法が説明しにくい」背景には、職種固有の構造的な難しさがある。

一つは、「作業」という概念の広さだ。作業療法における「作業」は、食事・入浴・整容といったADLから、趣味活動・社会参加・仕事まで、人が意味を持って行うあらゆる活動を指す。これは作業療法の射程の広さを示しているが、同時に「一言で言うと何か」という問いへの答えを難しくする。

内科の医師が「病気を治す仕事です」と言えるように、理学療法士が「身体機能の回復・維持をする仕事です」と言えるように、一文に収まる定義を作業療法士が持ちにくいのは、個人の説明力の問題ではなく、職種が対象とする概念の設計の問題だ。

もう一つは、「ゴールの多様性」だ。PTの介入ゴールは比較的可視化しやすい(歩行距離・関節可動域など)。作業療法のゴールは、患者さんの生活上の意味・役割・参加という抽象度の高い次元にある。数値や動作で示しにくい。だからこそ、OTの仕事は「何をしたか」より「何のためにしたか」を説明する必要があり、それは常に文脈依存的だ。

この二つの構造は、OT個人がどれだけ勉強しても変わらない。職種そのものの設計から来る難しさだ。

「職種の問題」という帰属の間違い

「作業療法を説明できない」という現象を、個人の能力の問題として帰属させることは、二重の意味で問題だ。

一つは、当事者に不必要な自責を与えることだ。「うまく説明できない自分は、OTとして未熟だ」という認識が生まれる。だが実際には、職種の概念的な複雑さと、説明の場の設計不足が重なって生じている現象だ。個人の努力で解消できる範囲には限界がある。

もう一つは、問題の焦点がずれることだ。「OTとして自分の職種を説明できるように練習する」という解決策は、誰に・何のために説明するかという設計の問いを回避している。説明の中身を磨いても、説明の文脈が設計されていなければ、伝わる確率は変わらない。

問題は「説明する力」ではなく、「誰に・何のために・どのタイミングで説明するかの設計」にある。

「誰に・何のために」という設計の欠如

作業療法の説明がうまくいく場面と、そうでない場面の違いを見ると、一つの共通点がある。うまくいく場面には、「誰に・何のために説明するか」が明確という構造がある。

たとえば、入院中の患者さんに「なぜこの作業訓練をするのか」を伝える場面。ここでの「何のために」は、患者さんが退院後に自分でできる生活動作を取り戻すため、という具体的なゴールがある。患者さんの日常の文脈に根ざした説明が可能になる。

一方、「作業療法って何ですか」という抽象的な問いに対して、文脈なしに答えようとすると難しい。これは「説明できない」のではなく、説明の前提となる文脈が抜けた問いに、万能の答えを出そうとしているからだ。

OTが日常的にやっていることを分解してみると、作業療法の説明は実はできている。「この患者さんには、退院後に一人でお茶を飲む時間を持てるようになってほしいから、今は握力と手指の協調性を訓練している」——これはOTの専門的思考そのものだ。汎用的な「作業療法の説明」を求められたときだけ、言葉がまとまらない。

それは、汎用的な説明の設計が必要な場面の問題であり、OTの職種固有の問題ではない。

説明の問いを立て直す起点

「作業療法を説明できるようになる」という問いを立てると、個人の努力の話になる。問いを「誰に・何のために・どんな文脈で作業療法を伝えるかを設計する」に変えると、組織や職場の設計の話になる。

職場レベルでは、患者・家族向けの説明資料や、他職種向けの事例共有フォーマットを整備することが設計の一例だ。毎回即興で答えなくてよい仕組みを作ることで、個々のOTの説明負荷が下がる。

個人レベルでは、「自分がよく関わる患者さんの文脈」に特化した説明を磨くことが現実的だ。全ての場面で作業療法を説明できる必要はない。高次脳機能障害を持つ患者さんの家族に説明するOTと、精神科デイケアの患者さんに説明するOTでは、使う言葉も文脈も違う。特化した説明が、結果として作業療法の伝わりやすい説明になる。

「説明できない」を出発点にすると、自分の能力の問題に向き合うことになる。「どの文脈で・誰に・何を伝えるかを設計できていない」を出発点にすると、仕組みの問題に向き合うことになる。後者の問いの方が、解決に近い。

問題は人にあるのではなく、構造にある。作業療法の説明の難しさも、例外ではない。

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