「先週のケースさ、本当によかったよ」。上司にそう言われたとき、素直に嬉しかった。でも帰りの電車に乗った瞬間、何も残っていなかった。
その感覚に気づいたとき、最初は自分を責めた。こんなに評価されているのに、なぜ充実しないのか。感謝が足りないのか。それとも単なる贅沢なのか。
違う。これは性格の問題でも、感謝心の欠如でもない。
評価されることと充実することは、別のルートにある
評価とは他者からの観測だ。「あなたは正しく機能している」という外部からの信号にすぎない。
充実感とは自己との一致だ。「自分がやりたいことをやっている」「自分の価値観に沿って動いている」という内側からの確認だ。
この二つは別のメカニズムで動いている。同時に高まることもある。逆に、片方だけが高い状態もある。
今のあなたの状態は「評価は高い、充実感はない」というパターンだ。これは矛盾でも、感謝不足でもない。外側の評価軸と、内側の充実感の源泉がずれているというだけだ。
このずれを「甘えている」と解釈することほど、時間を無駄にする思い込みはない。ずれを正確に見ることが先だ。
「役に立っている」と「意味がある」は、同じではない
リハビリ職として臨床に立っていると、「役に立つ」という感覚はわかりやすく得られる。患者の動作が変わる。退院が決まる。家族に感謝される。
でも「役に立っている」という事実は、「意味がある」という感覚を自動的に生まない。
意味がある、という感覚は「自分がやりたいことをやっている」「自分の関心が向いている方向に動けている」という条件が重なったときに生まれる。
たとえば「身体機能の回復を支えること」に本当の関心がある人は、そのままの臨床から充実感を得やすい。でも「意思決定を支援したい」「その人の生活全体を変えたい」という関心が強い人が、機能訓練を中心とした現場にいると、役に立てても意味を感じにくい。
「何に意味を感じるか」が、充実感の設計図だ。この設計図は人によって違う。だから、同じ職場で同じ評価を受けていても、充実している人と充実していない人が並んで存在する。
なぜ評価が高いほど、違和感が見えにくくなるのか
評価が高い状態は、現状を維持することへのインセンティブを生む。上司からの「あなたがいないと困る」は、転職や異動を踏みとどまらせる力として機能する。
さらに、評価されるほど責任が増える。後輩の指導、新しい患者の担当、学会発表の依頼、委員会への参加。忙しさが積み上がるほど、自分の内側を観察する時間が減る。
その結果、内側の違和感はどんどん積み上がっていく。ある日突然「もう続けられない」という形で出てくるまで、表面には出てこない。
評価が高い人ほど、充実感のなさに気づくのが遅れる。そして気づいたときには、消耗が相当進んでいる。
これは評価されている人間の、構造的な不利だ。評価が守ってくれているようで、実は観察を遅らせている。
充実感が低いまま続けると、何が起きるか
すぐに何かが壊れるわけではない。ただ、2〜3年の単位で変化が進む。
最初の段階は「仕事はこんなもの」という諦めが来る。次に「別にこれじゃなくてもよかった」という感覚が来る。そのうち「自分が何をしたいのか、もはやわからない」という状態になる。
この順番で消耗が進むと、転職しても「何をすればいいか決まらない」という状態で動くことになる。目的地がないまま移動することになる。移動先でも同じ違和感に直面する。
充実感のなさに気づいたタイミングが早ければ早いほど、次の設計がやりやすい。今この違和感を感じているなら、それ自体が一つの情報だ。無視せずに使う。
充実感の源泉を特定する3つの問い
具体的な作業として、以下の3つに答えてみる。
1. 最近「時間を忘れた」経験はあるか
仕事の中でも外でも構わない。時間を忘れて集中できた経験を思い出す。そのとき何をしていたか。患者との面談か、記録の整理か、後輩への指導か、勉強会の準備か、それとも全く別の何かか。
この「没頭できる状態」を引き起こした活動の種類が、充実感の源泉に近い。
2. 終業後に特に消耗していると感じるのはどの場面か
エネルギーが特に引き出された、または特に消耗したと感じる仕事の種類はあるか。担当する疾患の種類、業務内容、関わる人の種類など、何かパターンが見えてくるはずだ。消耗が多い場面の反対側に、充実感の方向が見えることがある。
3. 3年後にやっていたい仕事のイメージはあるか
今の延長線上に「こうなりたい」という姿があるか。なければ、それはどの方向を向いているからか。方向は言えなくても、「今の延長ではない」という確信があれば、それも一つの情報だ。
この3つに答えると、充実感の源泉のパターンが浮かびやすい。答えが出ない問いがあってもいい。それ自体が「まだ見えていない何か」の存在を示している。
次の一手は「辞める」より「軸をずらす」こと
評価されながら充実感がない状態の出口は、転職だけではない。むしろ何が自分の充実感の源泉かを特定しないまま転職すると、移動先でも同じ状態を繰り返す。
変える方向は正しい。でも変える軸を先に決める必要がある。
領域軸:今の職種のまま、担当する領域を変える。急性期から生活期へ、病院から訪問へ、個別対応からグループ支援へ。同じ資格・同じ職種でも、担当領域が変わるだけで充実感の源泉に近づく場合がある。
組織軸:同じ職種のまま、組織の種類を変える。医療機関からNPO、企業内健康管理、教育機関、自治体など。組織の性格が変わると、求められる役割と関わる人の種類が変わる。
役割軸:臨床から教育・研究・企画・管理へ。今の職場の中でも、ポジションを変えることで仕事全体の意味が変わることがある。
どの軸が自分に合うかは、充実感の源泉を特定してからでないと決まらない。評価されているのに充実感がない、という状態はまず「なぜそうなのか」を知るための情報だ。そこから設計が始まる。
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