「あなた、これまでどんな仕事をしてきましたか?」と面接官に問われた。
11年間、急性期病院で脳卒中リハビリを担当してきた。ICUの患者と向き合い、退院後の生活を見据えて目標を立て、多職種とカンファレンスを重ねてきた。頭の中にはその積み重ねがある。だが、答えながら気づいた。相手の目に、何も刺さっていない。
「そうですか」という相槌の後、面接は次の質問に移った。
その日の帰り道、「10年間何をやってきたんだろう」という問いが頭の中に残った。答えがないわけではない。ただ、その答えが「証明書」になっていないことを、初めて実感した。
「経験が証明書になる」という思い込みはどこから来るのか
リハビリ職は、資格と経験の掛け算で評価される職種だと信じてきた。
理学療法士・作業療法士・言語聴覚士は、国家資格だ。取得するまでの努力があり、臨床現場での積み重ねがある。「10年やってきた」という事実は、揺るぎないものに見えた。
だが、その信念は特定のフィールドの中でしか通用しない。
急性期病院の内側では、10年の経験は確かに意味を持つ。先輩後輩の関係性の中で、ポジションが形成される。だが、そのフィールドの外に出ると、同じ10年が別の単位で測られる。「リハビリのことは詳しくないけど、うちで使えるかどうかはわからない」という評価軸が存在する。
「経験が証明書になる」という感覚は、同じ文脈の中でしか成立しない。
転職市場でリハビリ経験が評価されにくい構造的な理由
採用担当者が見ているのは、「再現性」だ。
あなたがこれまでにやってきたことが、自社の仕事においても再現できるか。それが採用の判断基準になる。脳卒中の回復期リハビリで培ったスキルが、医療機器メーカーの営業職において何を再現できるのか。その接続が見えないと、経験年数は数字にしかならない。
これは能力の問題ではない。翻訳の問題だ。
10年間で積み上げたものは確かにある。患者の動作変化を観察する精度、合理的な目標設定のプロセス、他職種との情報共有の仕方。これらは汎用性のあるスキルだ。しかし、そのスキルが「次の職場で何を生むのか」という言葉に変換されるまでに、準備が必要になる。
経験は翻訳されるまで、相手には届かない。
通じなかった日に気づいた、自分のキャリア観のズレ
面接から帰った夜、もう一度自分のキャリアを整理しようとした。
「何が得意か」は言えた。「何をやってきたか」も言えた。だが「それで、あなたはこれからどんな仕事がしたいのか」という問いに、言葉が出なかった。
10年間、やることが決まっていた。患者がいて、目標があって、自分の役割があった。「次は何をやりたいか」を自分で決める場面が、そもそもなかった。だから、聞かれたときに答えが出なかった。
通じなかったのは、経験だけではなかった。「自分がどこに行きたいのか」が、言語化されていなかった。
経験年数が武器になる転職先と、ならない転職先の違い
リハビリ経験が評価される転職先は、特定の構造を持っている。
臨床知識そのものを必要とする職種では、経験年数が直接評価されやすい。訪問看護ステーション、生活期の通所リハビリ施設、特別支援学校の支援員。これらはリハビリ職の「中身」を理解した採用者がいるため、経験年数が価値として伝わりやすい。
一方、臨床知識を「翻訳」した上で評価する職種では、別の動き方が必要になる。医療IT企業、医療機器メーカー、健康経営コンサルティング、ヘルスケアスタートアップ。ここでは「リハビリ経験を持つ人が、うちの課題をどう解決するか」という言葉が求められる。
同じ経験でも、文脈によって刺さり方が変わる。自分がどちらの転職先を目指しているかを先に決めるだけで、準備の仕方は大きく変わる。
10年以上のキャリアを持つ人が、転職活動で陥りやすいパターン
転職活動を経て、「あのとき何が起きていたか」を言語化できるようになった人に共通する気づきがある。
最初は「自分には経験があるから選択肢は多い」と思っていた。だが実際に動いてみると、「意外と伝わらない」という場面にぶつかった。それが怖くなって、活動が止まった人がいる。
一方で、うまく動けた人は別のことをやっていた。面接で語る前に、「自分の経験を相手の仕事に接続する言葉」を先に作っていた。「私はこれまでこんなことをしてきた」ではなく、「私の経験は、貴社のこの課題に対してこう使える」という組み立てだ。
伝わらなかったのは、経験がなかったからではない。翻訳が足りていなかっただけだ。
10年目に転職を考えているなら、最初に問うべきこと
「10年分の経験がある」という事実は変わらない。
だが、その経験が次の場所でどんな価値を持つかは、自分が言語化しない限り、誰にも見えない。採用担当者が見透かしてくれることも、勝手に評価してくれることも、ない。
今の職場の外に出るとき、最初に問うべきことは「自分には何年の経験があるか」ではない。「その経験を、別の文脈でどう使うと説明できるか」だ。
その問いを持って動き出すと、転職活動の景色は変わる。10年は無駄ではなかった。ただ、翻訳が必要だっただけだ。
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