「専門職だから」という言葉で、思考停止していた自分の話

リハビリ職の本音

「専門職だから、どこでも食べていける」という言葉がある。これを聞いてほっとした経験のある人は、少なくないはずだ。考えなくていい理由ができた、という感覚に近い安心感だ。

ただ、その安心感がキャリアについて考えることを止める方向に働くとき、問題が始まる。この記事では、「専門職だから」という言葉がどのように思考を止めるのかを整理する。

「専門職だから」が止める思考の構造

「専門職だから安定している」という言葉は、情報ではなく感情に向けられた言葉だ。不安を和らげる目的で使われる言葉は、現状を正確に把握するための言葉とは役割が違う。

PT・OT・STの国家資格は、就職において一定の機能を持つ。しかしその機能は「どんな環境でも働けて、収入も保証される」という意味ではない。資格が保証するのは、資格が必要な職種に応募できる権利だ。年収の水準、働く環境、キャリアの方向性については、資格は何も答えを出さない。

「専門職だから大丈夫」という言葉の問題は、そこへの思考を止める言い訳として機能することだ。この言葉を根拠にすると、現在の職場が自分に合っているかどうかを問い直す動機が生まれにくい。将来への不安が「資格があるから」という一言で処理されてしまう。

思考が止まっている状態では、何かが起きてから初めて動くことになる。異動、給与の据え置き、職場環境の変化。それが来てから初めてキャリアを考え始めると、選択肢が狭まった状態での判断になりやすい。

どの場面で思考が止まっているか

思考停止は、大きな転機の前だけに起きるわけではない。日常の小さな判断の中に入り込んでいることが多い。

「このやり方は本当に正しいのか」と疑問を感じても、「専門職として教わったことだから」と納得して終わる。「この職場が自分に合っているのか」という問いに、「専門職として続けていれば意味はある」と答える。「収入を上げたい」という気持ちに、「専門職だからそこまで求めるべきでない」と蓋をする。

これらに共通するのは、「専門職だから」という言葉が判断を代替していることだ。資格に基づく職業倫理や誇りの問題ではなく、考えることを止める方向に言葉が使われている。

特に注意が必要なのは、「専門職だから転職しなくていい」というパターンだ。転職の是非は別として、「資格があれば今の職場でいい」という結論が、現状を精査せずに出されているとき、それは判断ではなく思考停止に近い。

「資格があれば食べていける」の実際の意味

「資格があれば食べていける」という言葉を、より正確に言い換えると何になるか。

「PT・OT・STの資格保有者は、医療・介護・福祉分野での就職において、資格を持たない人よりも選択肢が多い」というのが正確な記述に近い。これは事実だ。ただし「いつでも、どこでも、望む条件で働ける」という意味ではない。

給与水準は施設の種別・規模・地域によって大きく異なる。急性期病院の専門職として働く場合と、地方の介護施設で働く場合では、年収に数十万円の開きが生じることがある。「資格があれば食べていける」は正しくても、「どこでも同じ条件」ではない。

また、資格が「食べていける」保証をするのは、その資格が求められるフィールドにいる間だ。医療・介護分野での需要は現時点では高い。しかしそれは、この先もずっと変わらないという意味ではない。制度変更、診療報酬改定、テクノロジーの進化。これらの変数に対して、資格単体では対応できない部分がある。

「専門職だから大丈夫」という言葉が指している「大丈夫」の根拠を、一度具体的に問い直してみることには意味がある。

思考停止に気づく3つの問い

自分が「専門職だから」という言葉で思考を止めているかどうかは、意識しないと見えにくい。次の3つを自分に向けてみると、現在の状態を確認しやすくなる。

現在の年収が同条件の中でどの位置にあるか、調べたことがあるか。
資格があるから安定、という感覚は持っていても、実際に同年代・同経験年数・同地域の専門職の年収水準と自分の収入を比較したことがない場合、感覚だけを根拠にしている。感覚と事実が一致しているかどうかは、調べてみるまでわからない。

今の職場を自分で選び直すとしたら、同じ選択をするか。
これは現職を辞めるかどうかの問いではない。「今いる職場を、自分の意志で選ぶとしたら選ぶか」という仮定の問いだ。「専門職だからここでいい」という消極的な理由と、「この職場が自分の仕事の仕方に合っている」という積極的な理由は、表面上は同じ結論でも中身が違う。後者の根拠が言語化できるか確認する問いだ。

5年後の自分のキャリアについて、具体的なイメージがあるか。
「専門職として続けていれば何かになる」という曖昧なビジョンは、具体的なキャリアイメージではない。5年後にどんな仕事をしている人でいたいか、そのために今から何をするかが言語化できない場合、考えることを止めているサインになる。

専門職として考え続けることの意味

「専門職だから」という言葉で思考を止めない姿勢と、専門職としての誇りや倫理観は、矛盾しない。むしろ専門性を本当に活かすためには、現状をフラットに問い直す姿勢が必要だ。

資格は入り口だ。PT・OT・STの資格を取ったあと、何十年にわたって何をどう積み上げるかは、資格が決めることではない。資格があるからこそ、選択肢が生まれる。その選択肢を活かすかどうかは、考え続けることでしか決まらない。

「専門職だから」という言葉を使いたくなったとき、その言葉が何かへの思考を止めるために使われていないかを確認することが、キャリアを自分のものにする出発点になる。

年収、職場環境、10年後のキャリア。これらは「専門職だから」という言葉に委ねてしまえる問題ではない。資格を持っているからこそ、自分で考え続ける余地がある。

一人で考え続けることの限界

「本当にこのままでいいのか」「自分は考えることを止めていないか」という問いは、答えが出にくいからこそ続けにくい。職場の中で話せることには限界があり、同僚に相談できる内容にも限度がある。

考えることを止めないために、話せる相手が必要になることがある。

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